ランナーズハイ、感じなくなってきた?その理由を脳科学で解き明かす

ランニングを始めたばかりの頃は、走るだけで気持ちよかった、これって思い出補正だけじゃないよね。気持ちよくなることすごく多かった気がする!
でも本当に初心者でもランナーズハイを感じることができるほど「追い込むこと」ができていたのでしょうか?でも確かに初心者の頃は走るだけで気持ちよくなりやすかったのも事実。うーん、これ本当にランナーズハイだったのでしょうか?
本当に初心者の方がランナーズハイを“感じやすい”のか?そしてそれが「錯覚」なのか「本物」なのかを科学的視点で解き明かします。
初心者が気持ちやすくなりやすい、ランナーズハイを感じやすい3つの理由

✅① 「新奇性」が最大級だから
ランニングの初期は、身体にも脳にもすべてが“新しい刺激”で久しぶりにかく汗、呼吸の乱れ、筋肉痛ですら脳にとっては快感のトリガーになり得ます。この“新奇性(novelty)”が、脳の報酬系を爆発的に活性化させる、というわけです。(🧠ドーパミン系は「予想外」の刺激に最も反応するのです。)
✅② 体力の変化が可視化しやすいから
走り始めた頃は毎回が成長の軌跡です。「昨日より走れた」「3km走っても止まらなかった!」などという実感を得やすく成長の手応えが“目に見えてわかる”ことが多いです。初心者は変化率が大きいため、達成感も増幅されやすいというわけですね。これが快感につながると言えます。
✅③ 期待値が低い=“嬉しい誤算”が起きやすい
初心者の時の走ることへのイメージってどんなものでしょう。体育の授業や部活動で走らされたイメージを持つ人が多いんじゃないでしょうか。そんな「走るのってツラい」と思って始める人がほとんどの中で、「意外と走れた!」「走ってみると気分がよかった!」、「お!走るのって意外と悪くないじゃん!」となり、幸福感が増幅がされます。いわゆる“ポジティブな予想外効果”ですね。
初心者の頃のランナーズハイは 錯覚だった?vsリアルだった?の答え
❗エビデンス:主観的な幸福感は運動習慣と反比例?
研究によっては、「運動経験が浅いほど、運動後の快感を強く感じる」という報告(Raedeke et al. 2005)があり、あながち気持ちよく感じていたのは思い出補正でもなさそうです。また、ランナーズハイの正体であるβ-エンドルフィンもアナンダミドも、運動習慣のない人のほうが急激に分泌されやすいという報告(Heyman et al., 2012)もありやっぱりランナーズハイの状態になることは初心者の方が簡単だったようです。
ただ前回で紹介したように神経適応によって“ハイの閾値”が上がることによって運動習慣がついてくるうちにランナーズハイを得ることが難しくなっていたようですね。
というわけでやっぱり初心者の頃に感じていたランナーズハイはたとえどんな運動量や追い込みだったとしても錯覚ではなくリアルだったようです。

じゃあなんでランニングに慣れてくるに従ってランナーズハイを感じにくくなるんだろ?
じゃあランナーズハイを感じにくくなる理由って?
1. 神経適応(Neuroadaptation)説

私たちの脳は「慣れる」ようにできています。ある刺激が何度も繰り返されると、それに対する神経の反応が弱まっていく。これを**神経適応(neuroadaptation)**と呼びます。
ランニングを始めた頃はどんなペースや時間でも比較的簡単に追い込むことができることができていました。しかし走ることに慣れてくると繰り返しの運動刺激により、脳内のエンドルフィンやカンナビノイドの反応も「慣れてしまう」ということが起きてしまう可能性があります。これが感覚が鈍くなる、つまりランナーズハイを感じにくくなる原因というわけかもしれません。例えば薬物の耐性やカフェインの耐性のように、「継続した同じ刺激では同じ効果を得にくくなる」現象に近いと言えるかもしれません。
エンドルフィンやアナンダミドの分泌自体が減るわけではなくても、脳内の受容体の感受性が下がったり「報酬感覚」が薄れていくことがあるのです。
2. ベースラインの幸福度(Hedonic set point)の上昇説

運動を継続していると、心身の状態が向上し、「幸福の基準値」も高くなっていきます。これはヘドニック・セットポイント(hedonic set point)と呼ばれるもので、精神的なベースラインが上がることで、同じ運動をしても「高揚感の差」をあまり感じなくなることがあるのです。
「これくらいの気持ちよさは、もう“普通”だよね?」という感じですね。
神経適応説と似ているかもしれませんが、走り始めた頃は運動自体がとっても新鮮で、少し走るだけでもリフレッシュやストレス発散になっていました。しかし継続した運動によって日常のストレス耐性や気分のベースラインが上がるため、以前ほどの「変化量」を感じなくなるという幸福度のベースラインが上がってるかもしれません。「昔は“地獄から天国”だったけど、今は“ちょっと曇り→晴れ”くらいの変化」になってしまう、という感じでしょうか。
3. 年齢やホルモンの影響説

加齢やライフスタイルによって、脳の報酬系やホルモンバランスは少しずつ変化していきます。
とくにエンドルフィンやアナンダミドに関係するホルモン(例:エストロゲン、テストステロン)の分泌量は年齢によって減少する可能性があります。
加齢に伴う脳の可塑性(簡単にいうと、新たな神経伝達路の再構築)の変化やホルモンレベル(特にエストロゲンやテストステロン)の変化でランナーズハイに関わる報酬系の感受性が低下するというわけですね。特にエストロゲンはエンドルフィン分泌に影響することが知られていますので、加齢や女性のホルモンバランスの変化がランナーズハイを感じにくくさせる原因と言えるかもしれません。
4. 運動スタイルの“固定化”が原因説

同じコース、同じ音楽、同じペース――これが続くと、脳が刺激を“退屈”と認識してしまうことがあるかもしれません。「脳への新鮮な刺激」が減少し、報酬系があまり活性化しなくなると言えます。同じルーティンで運動し続けると脳へのご褒美がなくなるということですね。新奇性や挑戦が脳内報酬系を活性化する鍵と言えるでしょう。
- 新しいルートを走ってみる
- トレイルランやインターバルで変化をつける
- 音楽やポッドキャストを工夫
- 友人と走る、イベントに出る
という工夫がランナーズハイを感じやすくするために必要かもしれません。
まとめ

つまりランナーズハイを「感じなくなった」=衰えじゃないということではなく変化のサインだと捉える必要があるということですね。確かにランナーズハイを感じることができれば楽しいですが、走ることに慣れてきたということも悪いことではありません。このことをそのまま受け止めるもよし!さらなるランナーズハイを求めて新しい刺激を脳に与え、“ワクワク”を届ける工夫を追い求めるのもよし!ということです。
📚 関連文献
- Raichlen DA et al. (2012). “Wired to run: exercise-induced endocannabinoid signaling in humans and cursorial mammals with implications for the ‘runner’s high’.” J Exp Biol.
- Boecker H et al. (2008). “The runner’s high: Opioidergic mechanisms in the human brain.” Cereb Cortex.
- Heyman E et al. (2012). “Exercise and brain neurotransmission.” Sports Med.
- Dishman RK et al. (1997). Neurobiology of exercise: implications for mental health. Med Sci Sports Exerc.
- Raedeke et al. (2005) “The Relationship Between Enjoyment and Affective Responses to Exercise”
- Heyman et al. (2012)”Endocannabinoid and mood responses to exercise in overweight women in the postprandial state”

なるほど慣れてくれることがランナーズハイを感じにくくさせているんだね!成長したってことでもあるね。よし、新しい靴でも買うか!

第3回ランナーズハイを取り戻す5つのポイントはこちら↓

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