
最近カーボローディングの逆をいく、ファットアダプテーション、すなわち脂質で走る体を作る!みたいな解説をよく目にします。これって本当なのか気になったのでちょっと調べてまとめてみました!
ファットアダプテーションは自分のレベルに合っているのか?

ここ数年、ランニング界隈で「ファットアダプテーション」という言葉を耳にしたり目にしたりする機会が増えました。糖質に頼らず脂肪をエネルギーにして走ることで、長時間の運動でもエネルギー切れを起こしにくくなるという考え方です。一見すると理にかなっており、特に長距離種目においては非常に魅力的な戦略のように感じられますね。誰だって体の中にあまりにも余っている脂質を使えるなら使いたいもんね!
とはいえ、この概念はしばしば単純化され、「脂肪で走れる体になればいい」という形で広まってしまっている気がします。実際に調べてみると、この戦略には明確な適用条件があり、使い方を誤ると逆にパフォーマンスを落とす方向に働くことも少なくないと言えると思います。
特に市民ランナーにおいては、限られたトレーニング時間や回復力の中でこの戦略をそのまま模倣することで、かえって練習の質やレース結果を損なってしまうなんてことにも?
というわけで、ファットアダプテーションの生理学的な実態とその限界を整理しながら、われわれ市民ランナーにとって現実的な運用方法を考えていきましょう。
ファットアダプテーションの正体
まず前提として整理しておきたいのは、ファットアダプテーションとは「脂肪だけで走る状態」を指すわけではないという点です。運動中のエネルギー供給は脂肪と糖質の両方から行われており、その割合は運動強度によって変化します。一般的に、強度が低いほど脂肪の寄与が大きくなり、強度が上がるにつれて糖質への依存が高まります。この関係はクロスオーバーコンセプトとして知られており、ファットアダプテーションとはこのエネルギー利用のバランスをわずかに脂肪側へシフトさせる適応に過ぎません。

つまり、同じ運動強度でも脂肪の利用割合が増えるという変化であり、糖質が不要になるわけではありません。特に重要なのは、高強度領域では依然として糖質代謝が不可欠であるという事実であり、この点はどれだけ適応が進んでも変わることはありません。

脂肪優位のJOGペースで走り続けられれば、そのJOGペースをできるだけ速くすれば、糖質を主燃料にしなくてもいいんじゃない?という考え方もできなくはなさそうですが。だからといって普段から糖質制限を積極的に行う理由にはならさそうです。
なぜこの戦略が注目されたのか
ファットアダプテーションが広く注目された背景には、エネルギー量の観点があります。体内に蓄えられている糖質、すなわちグリコーゲンの量は限られており、長時間運動を続けると枯渇に近づきます。一方で、体脂肪は極めて大きなエネルギー貯蔵庫であり、理論上は長時間の運動を支えることが可能です。このため、糖質への依存を減らし脂肪を活用できれば、エネルギー切れを回避できるのではないかという発想が生まれました。

確かに糖質制限で太る要素を減らして、脂質優位の消費は痩せるのにめちゃめちゃいいもんね!じゃあ糖質を減らせば、脂質優位に変換できるじゃん!という単純なことではないようです?
この考え方は特にウルトラマラソンやトレイルランニングといった長時間競技の文脈で広まりましたが、その一部だけが切り取られた結果、「糖質を減らせば強くなる」という単純な理解に変換されてしまった側面があります。
市民ランナーが陥りやすい誤解
ここで問題になるのが、この戦略をそのまま日常のトレーニングに当てはめてしまうことです。多くの市民ランナーが行っているジョグは、もともと脂肪酸利用が主体となる強度であり、追加的に糖質を制限したとしても得られる適応は限定的です。それにもかかわらず空腹状態でのランニングや極端な糖質制限を取り入れると、回復が遅れ、練習の質が低下し、結果としてパフォーマンスの向上を妨げる可能性があります。

また、フルマラソンのような競技では、持久系でありながら相対的な運動強度が高く、糖質代謝への依存は避けられません。ファットアダプテーションによるグリコーゲン節約効果は理論上存在するものの、実際のレースペースを脂肪主体で維持することは現実的ではなく、主戦略として採用するには無理があります。

つまり脂質優位のJOGペースをできるだけ速いペースにしようと頑張っていても、「脂質での最大出力」に限界がある以上は頭打ちの天井になってしまうということです。またそれは結局JOGペースであり、レースペースには届かないと言えます。「脂肪で走れる範囲を広げること」と「糖質を使わなくていい」は別の話になるというわけですね。
さらにウルトラマラソンにおいても、脂肪利用能力が重要であることと糖質を不要にすることは全く別の話です。競技中には登坂やペース変化など、瞬間的に高いエネルギー供給が求められる場面が必ず存在し、その際には糖質代謝が不可欠となります。加えて、後半に顕著になる中枢疲労に対しては、脳の主要エネルギー源である糖質の供給が重要な役割を果たします。
やりすぎた適応が失敗を招く理由
ファットアダプテーションを過度に進めた場合、いくつかの問題が顕在化します。まず、慢性的な低糖質状態により糖質代謝の即応性が低下し、レース中に糖質を摂取しても十分に活用できなくなる可能性があります。また、脂肪酸酸化はエネルギー供給のスピードが遅いため、強度変化に対する対応力が低下します。

低糖質状態が続くと、脂肪を使う能力は高まる一方で、高強度時に必要な糖質代謝の“立ち上がり”が鈍くなることが知られています。これは糖質を使えなくなるわけではなく、必要な瞬間に素早く使えない状態で、結果としてペース変化やレースの後半の粘りに影響してくるというわけですね。
このように、糖質を排除する方向の適応は、一見安定しているようで実際には非常に脆い構造を持っています。
現実的な解決策:Fuel Periodization
では、どのようにこの概念を扱うべきかというと、重要になるのはFuel Periodization(周期性)という考え方です。これはトレーニングの目的や強度に応じて燃料摂取を調整する戦略であり、常に低糖質あるいは常に高糖質といった極端なアプローチを避けるものです。なんでもやりすぎは良くないってことですね。

高強度のトレーニングでは十分な糖質を確保し、質の高い刺激を入れることを優先します。一方で、低強度のセッションにおいては、必要に応じて糖質をやや抑えることで脂肪利用能力を引き出すことも可能です。このように、目的に応じて燃料を使い分けることが、市民ランナーにとって最も現実的で再現性の高い戦略となります。
ウルトラマラソンを志向する場合でも、糖質を完全に排除するのではなく、脂肪利用能力を「余裕」として活かしながら、糖質を適切に補給し続けられる状態を維持することが重要です。
まとめ:必要なのは「糖を使わない力」ではない
ファットアダプテーションは有用な概念ではありますが、それ自体が目的になるべきではありません。本質的に重要なのは、糖質が不足した状況でも落ち着いて対応できる余裕と、必要な場面で糖質を適切に使える柔軟性を持つことです。
市民ランナーに求められるのは、「糖質に頼らない身体」を目指すことではなく、「糖質を使いこなせる身体」を作ることです。この視点を持つことで、ファットアダプテーションは初めて実践的な戦略として機能します。

極端に糖質を制限することなく脂質を使える身体を作ればいいってことね!ただし、それが難しいんだけどね笑
引用参考文献
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